愛という漠然としたモノ 〜愛ってなんJARO?〜

d4abe9b774fc1fcb45af2eb7c293f3cc_s.jpg
愛とはいったい何?
それは全てです。
はい、説明終わり。

わっかんね〜〜〜!!!!

あれも愛、これも愛、って言われても。
わっかんね〜〜〜!!!!

いや、普段はわかった気になっている。
なっているから、いざ、苦しい事が起こった時、こんなもん、愛じゃない!
と叫びたくなるのだ。

愛とは優しくて暖かいもの、と捉えているフシがある。
私を肯定してくれるモノだと思っているフシがある。
私を包み込んでくれるモノだと思っているフシがある。

もう一度、愛の説明に立ち帰ろう。
愛は全て。

という事は、優しくて暖かいものだけでなく、厳しくて冷たいのも愛。
私を否定するのも愛、私を放り出すのも愛。
・・・・・・・・・全てが愛とは思いたく無い。

愛を自分の都合の良いように使いたい。
できれば都合の良いように使いたい。
多分、都合良く使う事は無理かも知れないけど、できれば使われるのではなく、使いこなしたい。
そう、愛を行使する側にまわりたい。
その為にはどうすればいいか?

相手を知る事だ。

愛に対する幻想を、ひとつひとつ取り下げていく事だ。

愛は暖かいモノ・・・いや、愛は暖かいモノじゃない、それだけじゃない、冷たい時もある。
愛は肯定してくれるモノ・・・いや、肯定だけじゃ無い、否定される事もある。

理想と現実のギャップ、これを持っているから、いざと言う時
『こんなもん、愛じゃ無い!!!!』と叫びたくなる。
現実(事実、そのまま)を見ていれば、何が起こっても
『これも愛!なんだ。私は愛と離れた事は無かったのね!』と感激できるのだろう。

この記事へのコメント