2017年01月25日

簡単に幸せになってたまるか!

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うちの録画機は賢くて(最近のはか?)
キーワード入れておくと録ってくれる。
長い出張の間と新番組時期が重なると”相棒”を取り逃す可能性があるので
うちの録画機には『相棒』というキーワードが入っている。
ちなみに『さだまさし』も。

相棒のキーワードでサブタイトルひっかかったのか?
『増山超能力師事務所』というのが録れていた。
普通はね、うっかり録れたのは見ずに消すの。
しかし、これはタイトルが興味を引きすぎた。

探偵事務所の話なんだけど、探偵達が、全員何かの超能力を持っているという。
面白い。
世界を救う!じゃなく、普通の探偵事務所と同じで人捜しや犬、ネコ探しっていう設定がまたいい。
今回の話は、家出した女子高生を探すっていう内容だったんだけど。
なんだかんだあって、最終的に家出をそそのかした子が居た、という事になった。
同じく女子高生。一緒に逃げてた女子高生。
で、その、そそのかした子の方のセリフに、泣かされた。

そそのかした子はひどい境遇で育ったの。
いわゆるネグレクト。
母親がルーズで、娘より男。ヤクザとも付き合いがある。
まともに育ててもらってないのね。
実は、家出した子とそそのかした子はいとこ同士。
家出した子はその事を知らない。
そそのかした子は知っていて、うらやましくて”いとこ”をそそのかした。
家出した子の両親は、姪の事を探していた。
どこで、どうやって生きているのか探していた。
時折、ふらりと現れる母親に『養育費』として援助をしながら。
だから、こういう状況でも姪を見つけられて嬉しかったのね。
だから、今までの思いを込めて言ったの。
『一緒に暮らそう。うちへおいで。』

そうしたら、家出をそそのかした(姪)が叫ぶのよ。
『おいでとか・・・そんな簡単に幸せになってたまるか!援助されたお金は母親が遊びで使ってて、
親も居ない、お金も無い、ボロいアパートにずーっと一人っきり。
危ないバイトもやって、なんとかギリギリ生きてきたの!
やっとそういう生活に慣れてきたの!そう簡単に”おいで”とか、やめて欲しいんだけど。
そういう嘘が一番不安になる・・・』

ああ〜〜〜〜。
そうだよね。
ギリギリで生きてきた人間は、そう簡単に人を信じられない。
それに。
頑張っても頑張っても苦しい事が山積みで。
きっとね、かすかな希望も期待も打ち砕かれる日々だったんだと思う。
だから、やっとそういう生活、つまり打ち砕かれて、夢とか希望とか
普通の暮らしとか、諦めて生活する事に慣れた、いや、慣れさせた。
どうして私は他の人と同じように、普通の生活ができないのか?
なぜ?と思う事も、人と比較する事も封じ込めて。
そんな生活してると、ホントに思ってしまっている。
『そんな簡単に幸せになってたまるか!』
幸せになると、今までやってきた事が、全部、無駄になる。
いままで頑張ってきた自分が”何だったんだ?”って事になる。
今まで歯を食いしばっていた自分は“何だったんだ?”って。
歯を食いしばって生きてきた自分を見捨てられない!

今まで頑張ってきたから、今から幸せになれる!って思う事もできる。
苦労が報われた!と見方もできる。
けれど『歯を食いしばって生きてきた人』から『歯を食いしばる事』を
取り上げるのは、義足や車いすを取られる感じなのかもしれない。
それ無しで歩いた事が無いから、幸せになるという事は恐ろしい事。
今まで人生の基盤が無くなるからね。

頑張って生きてきた自負があるからね。今更、頑張るな、とか
そのままで幸せになっていいんだよ、とか言われても、『はぁ?』と思うのが
本音だったりする。
本音の一部だったりする。
そういう自分も居たりする。

体力的、精神的余裕のある時であれば『これから幸せになれるのね!』
とポジティブに言える、思えるとは思う。
けれど、身も心もボロボロで、魔に魅入られている時は
『そんなに簡単に幸せになれるわけないじゃん!幸せになっちゃいけないんだよ!』
と叫んでしまう。

そう叫んでしまう自分が悪い、のではなく、人間、誰しも、そういう状況に
追い込まれる時がある。
他人もそうなら、自分だってそういう時があるに違いない。
だって、みんな同じ。
私だけ特別じゃないもの。
私だけ『魔に魅入られない』ような、特別な、異質な存在では無い。
魔に魅入られちゃう自分がかわいい、そんな自分も居たんだな。
いつもいつも、清廉潔白ではいられないよ。
山に籠もって修行した訳じゃあるまいし。
私だけが、魔に魅入られないとでも思っていたのかしら?
あら?
それこそ、驕りなんじゃないの?
プププッ(笑)
やだ〜〜〜!これじゃ勘違いで痛すぎる(爆)
と、自分を笑えたり、愛おしく思えたら、自分を許した証拠。

人間、痛い時は痛いです。
我慢せず、悲鳴をあげていいんです。
泣いていいんです。
人に当たってもいいんです。
でも、人に当たると、また『やっちゃった!』という罪悪感に
さいなまされるので、悲鳴を上げる時は1人がいいですね。
自分の為に、ひとり泣く、ひとり叫ぶ。

でもね、そこに行くには、やっぱり段階がある。
やっぱり、誰かに共感してほしいのよ。自分の苦しみを。
だから、誰かを対象にして、怒ったり、泣いたり、叫んだり、なじったり。
それを【被害者意識】と言われたりするけど、いいんです。
被害者意識で。
だって、被害者ですもの。
それでも、被害者をやりきったら、いつか必ず

【げっ!これ、全部自分の撒いた種、自分が仕掛けた事、自分が加害者だった!】

と気づく時がくるのです。
自分の抱える悩みや問題について、ぜ〜〜んぶ『はい。全部私の責任です、私が加害者です!』
と言えるようになれば、世界がひっくり返ります。

でも、そう簡単にはいかない。
ひとつひとつ丁寧にやって行く場合、1つの悩み毎、問題毎に、ひとつづず
『あ、これは私がやったんだ!私が仕掛けたんだ!私が加害者、私が犯人だぁ?!?!』
となる。
1つづ、丁寧に、自分は進んでいる、という事。
オセロのコマを黒から白にひっくり返し続けているという事。

『そう簡単に幸せになってたまるか!!!』
そう、叫び続けて下さい。
できるだけ、思いっきり、手を抜かず、全力で。
やりきれば、いつか力尽きます。
その時、憑きものが落ちたように閃くと思うのです。
『あ、今から幸せになっていいんだ。幸せになろう。』

で、最後に気が付くと思うのです。
『あら?私って幸せだったじゃん!』



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posted by ミー at 11:20| Comment(0) | テレビネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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